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今日も元気にアホやってます

サメ好き、スケボー好き、カメラ好きの大人になりたい25歳

夏が嫌いなワケ

最初に一言

笑いと叫びはよく似ている。

ー『ヘルタースケルター岡崎京子

 

前置きじゃない前置き

あらかじめ伝えておくと、特に意味はない前置きです。

ただ、この言葉をよく思い出すんです。

 

読んだことありますか?岡崎京子

ヘルタースケルター』が映画化されて一気に知名度は広まり、私もそこから岡崎京子ワールドに入ったにわかですが、

彼女の漫画は深いです。

 

ずっと美しくいたい、若くいたいという女性の欲望を具現化したものが、全身整形モデルのりりこ。

 

女性だったら、おそらく誰にも共通することで、りりこが元から美しい後輩モデルを目にした時、激しい嫉妬を覚えたのはごく当たり前の感情だから共感もできます。

 

しかしそれに対して美しいこずえは

「くだらない」

「人間なんて 皮一枚剥げば 血と肉の塊なのに くだらない」

と切り捨てています。

確かにそうなんですが、皮一枚被ったらそれだけで人間は評価されてしまう。

こずえが達観しているのは、何もしなくても美しいから。そして、はたから見れば美しさを思う存分活かして人生を楽しんでいるようにしか見えない。

こずえの気持ちと周りの感じ方に大きな矛盾が生まれるわけです。

 

生きていると生じてくる矛盾が、苦しいほど伝わってきます。

是非観て読んでほしいです。

 

ついでなので、岡崎京子のオススメの漫画をご紹介しますね。

①『pink』: 主人公のユミは、昼はOL、夜はホテトルをしている。そんな彼女はワニを飼っている。ホテトルはワニの餌代を稼ぐため。本当にワニを飼っているのか、ユミにとってのワニとは。一見、キラキラしたOLに潜む残虐性が明るく描かれています。

②『リバーズ・エッジ』: ごく普通の高校生ハルナは、彼氏にいじめられている山田くんを助けたことからある秘密を打ち明けられる。それは、河原に放置された白骨死体。ハルナ、山田くん、そして美しいモデルのこずえだけがその秘密を共有している。3人にとって、死体の意味とは。岡崎京子の作品の中でイチオシです。

 

 

全く関係のない前置きが長くなりました。

小噺かって。

 

 

今日の内容は、言っていいのかずっと迷っていたことです。

前置きで少しでも先延ばしにしようとしていました。

 

私が半袖を着ない理由

私は、どんなに暑くても半袖を着ません。

たとえ着たとしても、上から長袖を必ず羽織ります。

それは、焼けたくないという理由も然り、

「着られない」という要因の方が大きいです。

左腕にある無数の傷は、人には見られたくないものです。

決して人に見せるものではないです。

それを見た人がどう思うか、というのも考えての行動です。

 

 

リストカットを始めたきっかけ

きっかけは些細なことでした。

かねてから色んな自殺方法は知っていたし、手近にカミソリがあったからです。

 

 

鬱の時、実家からあらゆる刃物が消えました。

カッター、包丁、ハサミ、カミソリ…。

あれば、私が手首を切るからです。

 

でも、こっそりカミソリ買っていました。

切れ味いいヤツを、ひたすら求めていました。

 

感情のやり場がどうしようもなくなった時に、スパッと切っていました。

タバコと同じ感覚だったんです。

 

でも所詮、リストカットなんて死ねない。

 

切り方にもよるんですけれど。

私は何度かざっくり行って、縫うハメになった時に諦めました。

血がこんなに出ても死ねないじゃん。

人って案外強いじゃん。

意味ないじゃん。

 

止めても傷はバッチリ残ります。

だから後悔します。

半袖も着られないしね。

 

だからリストカットなんて意味が無い

やっていた人だから言えると思うのですが、後悔はします。

ただ、止める止めないは、本人次第です。

周りが「止めなよ後悔するよ」と言っても、あまり本人には響きません。

いつか気づく時が来るので、下手に止めない方が逆にいいです。

周りにも自傷癖ある子はいますが、

周りがすべきことは、行動を止めさせることではなく、根本解決なんですよ。

 

何が問題なのか。

大体は家庭環境とか、コンプレックスだと思います。

決して本人だけの問題ではないんです。

周りの人が、自覚しないで傷つけていることなんてよくある事ですよね。

軽い気持ちで口にした言葉が、想像以上に相手を追い込んでいたりしますよ。

 

本人も気づく、相手も気づく。

過ちに気づくまではお互い目を背けたい事実が多いんですが、

向き合わないときっと惰性で切り続けます。

タバコみたいなものですから。

 

惰性で切ってるなんて死ぬ気ないですよ?

本当に死にたかったら、動脈いくか、お風呂でオーバードーズしながら切るんですよ。

 

先述したように、私はどんなに深く切っても死ねないって分かったので切らなくなりました。

大体死ぬ前に見つかるし。タイミング悪すぎ。

 

身体改造

リストカットの代わりというと語弊がありますが、

苦痛を伴いつつそれでスッキリさせたいなら身体改造がいいんじゃないでしょうか。

 

ピアスとかタトゥーとか。

タトゥーは、入れている人の大多数が怖い部類の人が多いので抵抗あると思いますが、

ピアスは今の時代、両耳たぶに開けるなんて、普通の出来事です。

たとえ少しくらい多く開けていても、そんなに重く捉えられません。

 

 

私が人よりピアスの数が多いのは自覚済みです。

仕事によっては支障も出るでしょう。知っています。

だから取ったり、髪の毛で隠したりします。

 

身体改造している人はマイノリティーだから、結局そういう目で見られることについては仕方がないんです。

 

これは自己表現の仕方がそういう形で現れているのかなと。究極の自己満ですね。

やるなら死ねないリストカットよりも、

死なない身体改造の方がやり甲斐がありますしね。

 

耳の形がこうなら、どこに開けるのが一番綺麗に見えるだろうとか、

そこにどんな形状のピアスをはめるとか。

なんの意味を持たせようとか。

 

 

こういう話は、アフリカのムルシ族を思い出しますね。

女性が耳とか口に大きなお皿を嵌めている、あの部族です。

奴隷貿易が盛んだった頃、自分たちの商品価値を下げるためにあの習慣が始まったそうな。

それが今ではお皿が大きいほど美しいとされているんですよね。

決して忘れてはいけない過去の暗い出来事の受け入れ方が、私と少し似ているのかなと烏滸がましくも思います。

 

 

これ以上語ると、果てしなく長くなりそうなのでそろそろ止めます。

 

最後に一言

最高に重い話をしてしまったので、

読まなきゃよかったって思わせてしまった方もいると思うので

そこに関しては、本当に申し訳ないです。

 

ただ、いつかは言わなければならなければいけないことを、やっと自分から言えたので、私はまた一歩進めそうです。

 

もし、周りに同じような人がいたら、

何が問題なのか考えてみるのがいいと思います。

諭したり怒るのは逆効果なので、そこのところ、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

私ができなくなったこと

 

鬱になると、何事にもやる気がなくなるっていうのは有名な話。

 

 

私の場合は歌が歌えなくなった。

 

小さい頃は歌うことが大好きで、将来の夢はオペラ歌手と周りに言ってた。

 

大きくなってからは自分でギターを弾いて曲を作っていた。

コードに自分の言葉を乗せるだけで、それが自分の作品になった。

それは自分だけのもので、誰にも創り出せない世界で、私にとっては宝物のようなもの。

 

 

鬱になって、全部できなくなってしまった。

声が出なくなった。出せなくなったと言った方がいいかもしれない。

ギターは埃を被った。触ろうとも思わなくなった。

 

 

私は、鬱になる前に歌のコンクールで優勝した経験がある。

それが、どんなにマイノリティーなジャンルでも

一位になった経験は私にとても自信を与えていた。

 

だから、声が出せなくなって苦しかった。とてもとても。

 

 

 

他には笑うことを忘れた。

ずっと泣いていた。気づいたら涙が勝手にこぼれ落ちているなんて、ざらにあったり。

終いには、何故泣くのかすらも分からなくなってぼーっとしていた。

 

 

痛みも感じなくなった。

寒いとか暑いとかも分からなくなった。

 

感覚という感覚がなくなってしまったという感じ。

 

この時期は、やたらと本を読んだ。

絵本から哲学的なもの、鬱について書かれているまで、貪るように、何かに縋るように。

 

あとはずっとぼーっとしていた。

 

何かを生み出せなくなることは恐ろしい。

本を読んでいても生きている実感が湧かなかった。

笑えば誰かが一緒にわらってくれる。

歌えば誰か一人でもいい気分になってくれる。

 

家に引きこもって、限られた人としか接しなくなると

今まで当たり前にしていたこと、

それがどれだけ他人に影響を与えているのか忘れてしまう。

 

ここから、徐々にもう生きている意味はないかもしれないと思うようになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を好きになれなくて

1日1記事が目標なのに、完全に守れていない申し訳ないです。

 

今日は、会社の先輩とお肉をたらふく食べてきた。

食べるって楽しい、話も弾む。

飲み会も同じ。

 

私は食べることが好きだ。

たくさん食べるからこそ、その分を運動で消化して

今の体重と体型を保っている。

 

食べ過ぎたら次の日食事の量を制限したり、運動したりして

なんとかしようと思うのが正常だ。

 

 

過食

 

仕事を始めた頃の私のストレス解消法は食べることだった。

休みが平日で、同期ともシフトが被らない。

彼氏もいないし、気付けば家でぼーっとしている。

そして食べている。

 

 

アパレル業界は体力勝負で、

先輩たちはものすごくたくさん食べるのに、棒のように細い。

しかも皆美人でスタイルがいい。

よくもこんなにかき集めたなってくらい、綺麗な人ばかり。

 

カップラーメン2つ食べて、菓子パンも食べるなんてほぼ毎日やってるのに

あのウエストの細さ!

 

正直ずっと羨ましかった。

 

私も痩せなきゃいけないのに!

 

「えーもっと食べないと倒れちゃうよー」

っていうのが先輩方の口癖でみんなもりもり食べていた。

 

私は、食べたいけど痩せたくて食べられなかった。

その分を休日でドカ食いしていた。

 

気付けば、休日は

食べることをやめられなくなっていた。

 

 

 

私は元々かなり痩せ型だ。

それは生まれつきだし仕方ない。

でもそんな私が、身体の肉を持て余すほど太った。

 

ストレスで暴食して、後悔するの繰り返しだった私が取った行動が

「吐くこと」だった。

 

死ぬほど食べて後悔して全部吐く。

下剤も使う。

 

機械のように咀嚼し飲み込み、全部吐いて

「食べる」ことの意味すら見出せなくなっていた。

 

「痩せなきゃ」という強迫観念に駆られているのにやめられないという矛盾。

苦しい。苦しい。辛い。

 

 

拒食

 

そう思っていた。

 

しかし、仕事を休んで実家に戻ることになってからは

今度は「食べられなくなった」。

 

 

「食べられなくなった」原因は

妹の体型と自分を比較していたところ。

 

正直、妹はモデル体型だ。

現代っ子らしい手足の長さ、顔の小ささ。

ずば抜けてスタイルがいい。(シスコンではない)

そんな妹を毎日目にすると、コンプレックスが爆発する。

 

 

あっという間に40kg切った。

 100gでも増えると許せなかった。

常に寒かったし、階段を上るのも辛かったけど

太るのが怖くて毎日体重計に乗って全部記録していた。

 

その頃の私は、冗談抜きでプテラノドンみたいな体型だった。

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プテラノドン↑)

今では完全にネタにしてるけど、

人は痩せると椅子に座ることすら苦痛になる。

お尻の骨が当たって痛い。

頬もこける。

昔の写真を見せると顔が変わったと言われるけれど

それは頬がこけて顔の輪郭が変わったから。

整形じゃない。

 

 

怖いのが、ありえないほどに痩せて、

生きていくのに明らかに足りない量しか食物を摂取していないのに

おかしいと自分では気付けないところ。

 

自分のことを好きになれなくて

 

今思えば、とりつかれるように痩せようと思っていたのは

自己承認、自己受容ができていなかったから。

 

自分に自信が持てない、好きになれなくて

どうにか外見でカバーしようとしていたから。

 

でも結局は、

「他人はそんなに自分の外見を気にしていない」

 

そんなことよりも数倍大事なことがある。

もっと、さらけ出していいんだと気づいた。

  

外見を過剰に気にしなくなってから

不思議と拒食はなくなった。

 

まだ、自分のことを完全に認められていないし

自信も持ててはいないけれど、

少なくとも今はさらけ出せている。

 

 

でも鬱になって、私は自分のことを好きになって

自分がどんなキャラクターなのかわかるようになったから

ある意味よかったのかもしれない。

 

かなり時間はかかったけれど、最近は自分を認められているから

この経験をしてよかったと思っている。

 

毎日8種類の薬を飲んでいた私が薬を止められた話

昨日、不注意が原因で前髪が燃えてチリチリになったので

不本意ながら前髪を切らざるを得なくなった、どうもひとみんです。

 

 

カタカナだらけのお薬手帳

 

昨日は精神科に通い始めた話をした。

当時の私は毎日8種類の薬を飲んでいた。

睡眠導入剤睡眠薬抗うつ剤、抗てんかん剤…。

普通、お薬手帳ってすぐ埋まらないはずだけど、

あっという間に私の手帳は、よく理解できないカタカナ用語の羅列で埋め尽くされた。

 

毎回処方される薬も変わる。

量も増える。

 

当然毎日ぼーっとしているし、

頭もスッキリしない。

それもそう。

抗うつ剤は緊張を和らげる。

てんかん剤は、自分を傷つけようとする激しい衝動を止める。

睡眠薬睡眠導入剤のせいでずっと眠い。 

  

悪化する症状

 

これだけ薬をたくさん飲んでいると、やっぱり身体に良くない。

副作用のせいなのかわからないけれど、

私は、以前の自分がどんな人だったのかを忘れてしまった。

 

幼い頃の記憶がうまく思い出せなかったり、

過去の思い出を掘り起こそうとしても、なぜかもやがかかったようになる。

 

そして、「昔の私って本当に私なのかな」という疑問さえも浮かぶようになる。

 

一種の記憶障害。

 

 

笑えなくなって、泣いてばかりだった。

 

多分、自分が不甲斐なかったからなんだろう。

社会に出たばかりで期待と希望で満ち溢れていたはずなのに、

使えなくなって、自分はなんてダメな人間なんだろうってずっと思っていた。

ずっと「ごめんなさい」って思っていた。

「消えちゃえ」って思っていた。

 

薬を飲んでいれば、良くなるだろうとたかをくくっていて

私の状態は全く安定しなかった。

 

あれだけ飲んでいてぼーっとしているのに

訳のわからない衝動にかられ、

怒りや悲しみの矛先が自分に向いた。

 

自分の身体なのにめちゃめちゃにした。

 

母と父は悲しそうに私を見ていた。

怒られたこともあった。

友達には泣かれた。

 

私の家族はみんな明るいはずなのに

私のせいで雰囲気がどんどん暗くなっていった。

 

負の無限ループ。

 

 

この状況から抜け出さなきゃって思った

 

今では全く薬を飲んでいない。

 

本当は、薬を飲むのは勝手に止めてはいけない。

徐々に量を減らすのが正しい。

私は、仕事を始めて毎食後に飲んでいたものが

1日1回になり、1週間に1回になりって感じで気付けば全く飲まなくなっていた。

  

多分、鬱から抜け出すには

太陽の光と自分を受け入れる勇気が必要だ。

 

全く外に出なかったら、

人間こんなに性格が暗くなって青白くなるんだね。

 

プライドが邪魔して、自分の弱い部分を見ないように目を背けてると

手痛いしっぺ返しが来るんだなって実感した。

 

無駄なプライドを捨てて、

「あーまったく自分ってそんなにデキた人間でもないしヒヨッコだ」

てやっと思えるくらいになった時に回復へ向かう用意ができた。

 

 

 

薬を飲むことは悪いことではないんだけれど

あんなにたくさん飲まなくてもよかったのかもしれないと思う。

 

無知は恐ろしい。

 

薬を処方されたら、できるだけ調べた方がいい。

それが自分が本当に必要としているものなのか知った方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

精神科に通い始めて

精神病院と聞くとどんなイメージを持つ?

 

これはねみんなに聞きたい。

 

やばくなっちゃった人しかいかないっていうイメージ、

それはあながち間違っていない。

 

 

もしかしてこれってウツかもしれない

 

職場に行く途中に涙が勝手に出てくるようになって

さすがにおかしいと思った。

 

気づいたら自殺方法を考えている自分がいた。

さすがにやばいと思った。

 

自分の症状をぐぐった時に

「もしかしてウツかもしれない」という診断がでた。

 認めたくないけれど、自分、いま相当キテるって感じた。

 

職場でもうまく話せなくなって(今でもそうというか話すのが苦手)

教えられたことをすぐ忘れてしまうようになって

【わたし、バカになったのかな】

って思った。

アホだけど、記憶力だけは人一倍いいはずなのに

自分の記憶すら頼りにならなくなった。

 

電車を間違えて、帰ろうと思ったのに全然違うところに行ってしまったり。

 

 

はじめての心療内科

 

くぐりたくなかった心療内科の門をくぐったのは

きちんと自分の症状を判断して欲しかったから。

 

人生で初めて「抗うつ剤」を処方された。

軽いやつで、2週間様子見と診断されたから

薬飲んでりゃ楽になるかなーとまだ楽観視していたところはある。

 

抗うつ剤はすぐに効果は出ない。

 

症状はどんどん重くなって

ついに本当に職場に行けなくなる日が来た。

 

過呼吸って苦しい。

 

その頃は心配してくれた母親が、私を実家に呼び戻してくれたおかげで

なんとか対処できたけど、あれはなかなかに苦しくて衝撃的。

 

 

外に出ることすら怖くなっていた私に

母親が付き添って心療内科に行ってくれた。

 

抑うつと診断され、薬が増えた。

心療内科よりも精神科の方がいいということで、

病院は、電車を使わなくても済む、家から近い精神科に通うことになった。

 

 

心療内科から精神科へ

 

一般的に心療内科と精神科の違いは

実際には大きな違いがあるかと問われればそうでもない。

しかも「精神科」と書くより「心療内科」と書いた方が

敷居が低く受診しやすいということで

心療内科」と銘打つ病院も多い。

 

どっちも「心」の病気を扱うけれど

心療内科は身体に症状が出た時

・精神科は心に症状が出た時

神経症とか鬱病は後者を受診した方がいい。

 

 

そんなこんなで、

私はバッチリ精神科に通わなきゃいけない症状がでたので

恐る恐る精神科に通い始めた。

 

偏見かもしれないけど、

私の中での精神病院のイメージは

・壁が妙に白い

・奇声を発する人がいる

・窓がない

だったから、精神科に通ってるって周りの友達にも

最初は怖くて話せなかった。

やばいヤツって思われるのが怖かった。

 

 

実際の精神病院は、そんなに閉塞感はない。

窓もあるし、なんならずっとクラシック音楽が流れている。

あー拘束服ないんだーと変に安心した記憶はある。

 

壁は真っ白じゃなかった。

でも、今でも覚えているのは

主治医の部屋の壁についていた、妙に茶色く変色したシミ。

いつもそのシミを見ながら話していた気がする。

 

奇声を発する人はいなかったけど

待合室でいきなり怒鳴る人はいた。

めちゃめちゃ怖くて身体が強張った。

 

 

毎週通っていた。

 

薬も増えたし、いろんな症状が出始めた。

拒食過食自傷行為

 

終わらない穴に落ちて行くような感じだった。

 

精神科との長い付き合いが始まった。 

 

1年と半年

私が立ち直るまでにかかった期間。

1年半。

 

勝手に薬もやめて、今は私生活にとくに支障なくやっていけてる。

 

完治してると言えるのかはわかんないけど、自分の弱い部分を把握できてるから大丈夫なんじゃないかな。そもそも完治するものでもないし。

 

きっかけは就職です。

完全に就職失敗したパターンです私は。

 

今シュウカツしている学生にはこれだけは伝えたい。

「本当に業界はいろいろみとこう」ww

 

安定しているからとか、稼げるとか、好きなことだからで決めちゃだめよ。

 

このご時世に「安定」なんて言葉はないようなものだと思ってるし

稼げてもそれで充実してる?って問いたいし

好きなことって働き始めたら辛くなる傾向にあるし。

 

 

私は服がめちゃめちゃ好きで、接客も好きだったから安易な気持ちで

百貨店とかアパレルとかしか受けていなかったから後悔しかしていない。

 

シューカツしていた頃の私に「ばかやろう」って言いたい。

殴り倒したい。水ぶっかけたい。蹴り倒したい。

 

 

現実はキビシイ。

 

そのキビシさに耐えられなかった私は弱い。

 

今はそう言えるけど、その当時は自分の弱さを受け止められず

気づいたら職場に向かう電車の中、

職場で立ってるだけで涙が勝手に出てくる状態にまでなってたよ。

かなりヤバいなーと思いつつ、

きっと今だけかなーと思いつつ、

休みの日はストレスで暴食。

 

増える体重なくなる貯金。

足はヒール勤務で棒の様。

 

でも研修の時に言われた言葉が頭を巡って気は抜けず。

 

【常に見られていることを意識しなさい】

 

まじかよって思うでしょ。まじです。

服を売るには、売ってる人が魅力的で、

「あの人みたいになりたい」「あの人の着てる服すてきっ」

って思わせるためには、【見られている意識】を常に持っていなければだめなんですよ。

 

ブランドにも寄るかもしれないけれど、

それを徹底しているからか、

辞めた今でも、私がいた企業の服はずば抜けて素敵だし

売ってる人もバッチリスタイルキマっててまじでかっこいいと思う。

 

ただ、私はそこに染まりきれなかった。

 

外見第一の業界では気を抜くことが許されなかった。

 

それに加えて 

いろいろ理解できなかったことも多い。

 

背が低いから(160㎝)ということでヒールを義務付けられ

「先輩私より背が低いのに」言えば、「私は3年目だから」と返され、

「じゃああの子は同期で私より背が低いのになんで」と聞くと、

「あの子の履いてる靴はサンローランのだから」と訳の分からない答え方をされ

 

そりゃあ納得しない。

 

99%グチです、はい。

あんま言いたくないけどさ。言っちゃう。

 

見た目大事、スタイル大事

理不尽なことが罷り通ってしまう。

それに対してNOと言えないトコロにいる自分がイヤだった。

 

そして僅か2ヶ月で、こりゃダメだと思い、休むことにした。

 

そこからほぼ1年半。

まあまあ密な期間だった。

大事な期間だった。

 

2ヶ月でダメになるなんて私は社会に向いてないと思っていたから

今ずっと同じところで働けていることにビックリ。

 

だから、やりようによってはいつだって復帰できる。

そういうこと。

 

 

 

 

 

アホだって心は折れる

「あ、心折れそう」って思うときは多い。

でも、本当に折れたときはそんなことを思う余裕もない。

折れてから気づいても遅い。

 

私は1度心が折れたことがある。大げさなのかな。

でも、まさか自分がなるとは思わなかった病気にかかった。

 

周りの人にたくさん心配と迷惑をかけてしまった。

物凄いスピードで堕ちたけど、幸い立ち直れた。

もう2度とこんな怖い思いはしたくないと思っている。

今でも、再発しないか怖い。

 

今更こんなことを書いて、皆に読んでもらいたいと思ったのは、

結構自分と同じ人が周りにいるって知ってるし、

やっと最近、自分の過去を冷静に捉えることができるようになったから。

 

 

私は、多分アホだ。多分ではなく、間違いなくアホの部類に入ってる。

底抜けの明るさが唯一の取り柄で、笑うこと楽しいことが大好き。

なんなら南国で、ずっとお酒飲んでタバコ吸って踊って歌って生きていたい。

 

だから2年前、笑えなくなって、泣くことにも疲れたときはショックだった。

感情がなくなるって、人として生きている意味はあるのと考えるようにもなったし、

終いには考えることが怖くなった。

もういっそ死んでしまえばいいとも思った。

でも、それは逃げでしかない。

これで死ねなかったら生きようと思った。

だから今生きてるし、それを全うしたい。

 

生まれた意味を考えるのはムダだと思う。

でも生きている意味を考えるのは大事。

いつ死ぬか分からないから、ちゃんと息をしているうちは生きることだけ考えていたい。

 

 

私は、自分の気持ちを言語化するのがとっても下手だ。

 「悲しい」とか「怒ってる」とか、瞬時に認識して

具体的に言葉にして伝えるのが苦手。

気づいたら溜まりに溜まってる。

 でも、文章にするのは好き。

自分の気持ちを整理するためにも、書くことが丁度いい。

 

 これから私が書いていくことは、過去の経験や今の気持ち全部。

自分にとっても苦しいことだし極力振り返りたくないけど、

ちゃんと残しておかなければいけない事実。

 

完全に自己満足のブログで

なかなか暗いけど、どうぞお付き合いいただければ幸いです。